【島田陽子】内田裕也さんと不倫相手世界のヨーコシマダのその後とは?

内田裕也さんが亡くなりました。

妻である樹木希林さんが亡くなってちょうど半年です。

プレスリーに憧れて音楽の道に入った内田さんですが、樹木希林さんと結婚後女優の島田陽子さんと不倫関係にありました。

最近はテレビで見かけることもなくなった島田陽子さんですが、現在どうされているのか、調査してみました。

島田陽子さんのプロフィール

島田陽子

生年月日:1953年5月17日

出生地:熊本県熊本市

最終学歴:駒沢学園高等学校

3歳からクラシックバレエを習い、高校まではバレリーナを目指していたと言います。

8歳で東京に移住し、中学一年の時劇団若草に入ります。

1970年に「続・氷点」でデビュー。

1974年の人気ドラマ「我ら青春」デビューしたの先生役で中村雅俊と共演しブレイクしました。

その後はドラマ映画と、その美しさから大変活躍されました。

その容姿から、良家のお嬢様とか、お金持ちの若奥様的な役が多かったと思います。

そして80年には映画「将軍〜SHOGUN」でハリウッドデビューを飾ります。

清純派から国際派女優へなどと言われ、ずいぶん世間の注目を集めました。

2017年当時の島田陽子さん。変わらずお綺麗です。

けれどもその後、1988年にハワイのコンドミニアムで内田裕也さんとの密会しているところをフライデーされてしまいます。

1991年に内田裕也さん都知事選に立候補した時には選挙カーを提供したり、実はロック歌手といってもすごくヒットした曲があったわけでもなく、経済的にはそれほど余裕のなかった内田裕也を、当時島田陽子が支えてもいたらしいです。

島田陽子さんは本当に箱入り娘だった?!

2017年のインタビューで、島田さんといえばその美しさや雰囲気から本当に箱に入れておきたい、入っている感じ、おっとりした、というような感じがしますが、と振られると

「全然違うんです、力もあるし活動的ですし、強いんです」

とおっしゃっていて、お茶目な感じがして、意外でした。

「将軍〜SHOGUN」のギャラは日本とは比べものにならなかった?!

ハリウッド映画「将軍〜SHOGUN]のギャラは、言うと比べものにならないから言わないし、それはいいのだけど、あちらは日本と違って俳優が守られている、と言っていました。

島田さんが言っていたのは(スクリーン・アクターズ・ギルト(映画俳優組合/SAG)のことと思われます。

島田さんが加入するアメリカのスクリーン・アクターズ・ギルト(映画俳優組合/SAG)とは

スクリーン・アクターズ・ギルトとは1933年に創設され、約12万人の組合員が存在する組織です。

組合員になるには
【映画テレビCMなどにSAGの契約の元に製作された仕事に最低1日以上雇われた経験がある事】。
または、
【エキストラとして最低三日以上雇われた経験がある事】
が条件となっています。
そして加入の際、
【初期加入料2277ドル(約20万円)】

【年間会員費116ドル】
を払うことになります。

組合員に紹介される作品は、基本的に「労働災害」や「健康保険」などの保険がかけられたもので、撮影期間中に怪我や病気になった場合は、俳優もその保険を利用する事が出来ます。

日本ではそのような組織はなく、たとえ撮影中に怪我をしたとしても自分でなんとかしないといけない場合が多く、大部屋俳優やエキストラなどはなんの保証もない、と言うことが普通です。

でも組合員は、

エキストラの最低賃金は…「140ドル(8時間労働)」
CM俳優の最低賃金は…「600ドル/1日」
セリフある俳優の最低賃金は…「800ドル/一日」など様々なことが保証されているといいます。

島田陽子のアメリカでの撮影中のエピソード1

「将軍〜SHOGUN」では島田さんは主役でしたのでその保証のされっぷりは見事と言うほかありません。

まず撮影で走っていて転んでしまった場合、転んだあと一斉に8人くらいダーっと島田さんに向かってスタッフが走ってくるそうです。

そして一人はメイクを直し、一人は髪を直し、一人は衣装を直し、一人は腕の怪我を手当てし、一人は足の怪我を手当てし、と言う具合に島田さんの世話をしてくれるというのです。

「一人で二つくらいやった方が効率がいいのじゃないかしら」と思ったと言っていました。

島田陽子のアメリカでの撮影中のエピソード2

例えば怪我をしそうなシーンがあれば初めからスタントマンが用意されていて、日本では俳優に気合いとか根性が要求されることも多いため、島田さんが監督に

「気合いで頑張ります!」

と言ったら、逆に

「何を言ってるんだ、もしそれで君が怪我をしたらどうするんだ」(他の俳優やスタッフや撮影自体に遅れが生じる、などの意味)

と言われたといいます。

島田陽子のアメリカでの撮影中のエピソード2

撮影のため1年間アメリカに滞在した時には、あらかじめ決まっているギャラの他に、いわゆる「活動費」と言うものも出たそうです。

ホテル滞在中にかかるクリーニング代や移動代などもその中に入るそうです。

日本なら主役の俳優さんがスタッフ全員を連れて食事に行き、毎回俳優さんがご馳走しないといけない、そういうことが続くとギャラが半分になってしまったり最終的にはなくなったり、というようなこともあるけれど、あちらではそういうことはない。

食事というのは必ず提供されるわけです。

確かにテレビで、

「〇〇さんの差し入れです!」

とかよく聞きますよね。ただの差し入れならいいですけど、毎回スタッフ全員に主役俳優が奢らないといけない、というのも大変そうですよね。

あちらではずいぶん俳優が守られているし恵まれているなと感じますよね。

ハリウッドデビューを目指す俳優さんが多いのもうなずける気がします。

まとめ

島田陽子さんは現在もご活躍されていました。

また島田さんが話していたことは80年代後半90年代初めのことなので、今は日本の映画界も変わっているかもしれないです、とのことでした。

今後もまだまだ活躍の場を広げて欲しいし、テレビなどでも昔と変わらない姿を見せて欲しいですね。

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